思索のケモノ道

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鳥が電線で感電しない理由を計算で確かめてみる

こんにちは。
今回は鳥が電線で感電しない理由を解説します。
他のサイトでもよく取り上げられる内容ですが、実際に計算して確かめた例はあまり見受けられなかったのでやってみます。
結果を一言で言えば「両脚間の電位差が非常に小さいから、身体に流れる電流も非常に小さくなるため」となるのですが、詳しく見ていきましょう。

交流電圧の波長

まずは交流電圧の波長を求めましょう。
振幅を V_0、波数をk、角周波数を\omega、位置をx、時間をtとすると交流電圧V(t)
V(t)=V_0 e^{i(kx- \omega t)}
と表されます。電気はほぼ光速で移動しますから、光速をcとすると波数と角周波数の分散関係から
k=\displaystyle \frac{\omega}{c}
となります。波長を\lambda、周波数をfとすると
 \displaystyle \frac{2\pi}{\lambda} = \frac{2\pi f}{c}
\displaystyle \lambda = \frac{c}{f}
となります。日本の交流電圧の周波数は50Hzないし60Hzですから、光速を秒速約30万kmとすると交流電圧の波長は約6000km(50Hz)ないし5000km(60Hz)となります。

両脚間の電位差

次に鳥の両脚間の電位差を求めましょう。
両脚の間隔をdとすると、位置xにいる鳥の両脚間の電位差\Delta V
\Delta V =V_0 e^{i(k(x+d/2)- \omega t)} -V_0 e^{i(k(x-d/2)- \omega t)}
=V_0 e^{i(kx- \omega t)} (e^{i \frac{kd}{2}}-e^{-i \frac{kd}{2}})
=2 V_0 e^{i(kx- \omega t)} \sin{\frac{kd}{2}}
となります。
ここで高圧電源の場合(V_0 =6600V)を考えてみます。d=1cmとすると
\sin{\frac{kd}{2}}= \sin{\frac{\pi d}{\lambda}}
となり、この値を計算すると9.1 \times 10^{-11} (50 Hz)ないし 1.1\times 10^{-10} (60 Hz)となります。
したがって両脚間の電位差の最大値は1.2 \times 10^{-6} V (50 Hz)ないし1.4 \times 10^{-6} V (60 Hz)となります。
これだけ電位差が小さければ余程抵抗値が低くない限り大きな電流は流れないでしょう。鳥の体でも感電しないのは当然と言えます。

まとめ

鳥の両脚の電位差は\mu Vオーダーの非常に小さなものであり、体に流れる電流も微小なため感電しない。

ピンクノイズが全然ピンク色じゃない件について

こんばんは。今回はピンクノイズのお話です。
ピンクノイズとは、音圧が周波数に反比例するパワースペクトルを持つ音波のことを言います。
大雑把に言えば、人間の耳には感度の関係で全ての周波数の音がほぼ同じ大きさに聞こえます。例えるならば「ザー」という砂嵐のような音です。
この音波は帯域ごとのエネルギーが一定になる特徴があります。
音波にも拘わらずピンクと呼ぶ理由は光のスペクトルからの類推であるとされています。
例えばWikipediaには

The name arises from the pink appearance of visible light with this power spectrum.*1

とあります。パワーが周波数に反比例する光がピンク色であることに由来して、ピンクノイズと呼ばれているようです。

さてここで疑問があるのですが、本当にピンクノイズはピンク色なのでしょうか?
実際に計算してみました。

色彩を計算する

まず人間の色彩感覚についてざっくり解説します。人間は網膜にある3種類の錐体細胞により色を感じ取っています。
錐体細胞は可視光に対してそれぞれ異なる感度を持っており、それらの感度により色が知覚されます。
この感度と色の対応を表したのが等色関数です。
等色関数にはいくつか種類がありますが今回はXYZ等色関数を用います。

等色関数の値をthe Colour and Vision Research Laboratories*2からダウンロード*3して計算します。
光のスペクトルは単純に周波数に反比例するものとしました。
以下が計算の流れです。
波長を\lambda、スペクトルをP(\lambda)=a \lambda (ただしaは正数)とすると三刺激値X、Y、Zの値は

 \displaystyle X=\int_{\lambda _ {min}} ^ {\lambda _ {max}} x(\lambda) P(\lambda) d\lambda

 \displaystyle Y=\int_{\lambda _ {min}} ^ {\lambda _ {max}} y(\lambda) P(\lambda) d\lambda

 \displaystyle Z=\int_{\lambda _ {min}} ^ {\lambda _ {max}} z(\lambda) P(\lambda) d\lambda

となります。x、y、zは等色関数の値です。
X、Y、ZからRGBへの変換をし、これを規格化して255を掛けるとカラーコードは#B72A1Cとなりました。
これをGoogleで検索すると次のような色になります。

f:id:tmhbk:20200627091222p:plain
#B72A1C

う~ん、とてもピンク色には見えませんね。
ピンクノイズの由来である「ピンク色の光のスペクトルからの類推」という下りは何だったのでしょうか?

ピンク色の光は存在しないのか?

話題に付随してこんな動画を見つけました。
www.youtube.com
この動画はピンク色は人間の脳が作り出したものだと主張していますが、そもそも全ての色は脳が作り出したものであり、そこにピンク色の実在性の議論を持ち出すのは筋違いな気がします。
光に色を与えているのは人間の脳だからです。言うなれば光そのものに色はありません。
先程の等色関数の仕組みから考えると、ピンク色の光のスペクトルは理論上いくらでも作り出せます。
つまりスペクトルから色への対応は多対一であると言えます。ある色に対応するスペクトルは無数に存在するのです。

まとめ

今回のまとめです。

ピンクノイズの由来は「パワーが周波数に反比例するスペクトルを持つ光がピンク色であること」だが、実際そのようなスペクトルを持つ光は全然ピンク色には見えない。

ピンク色ではないのにピンクノイズと名付けられた音波。
何を意図してそう名付けられたのか、詳細は不明なままです。

*1:https://en.wikipedia.org/wiki/Pink_noise

*2:http://cvrl.ioo.ucl.ac.uk/index.htm

*3:CIE (2006) LMS functionsの10-deg coordinates from 10-deg XYZ CMFsを使用